
父ちゃんも母ちゃんもいらない・・・
いつ頃からだろう。そう思ったのは・・・
祐二は、窓の外を見ながらそんなことを考えていました。
祐二の家は、街の様子が一望できる高い位置にあります。近くには海も見え、川もすぐ下に流れていて、そよそよと風が吹いてくればすがすがしい気持ちになれるような、そんな家に住んでいました。また夜などは、もちろん街の灯りでにぎやかになります。
・・・なんて、すてきなんだろう・・・
でも、今日はちょっと違っていました。祐二の目にはすばらしい景色など映っている様子もなく、ただじっと遠くを見て考え事をしていたのでした。
畜生・・・畜生・・・
その表情は、とてもこわばっていました。鬼のように目も鋭く、獣のように牙をむき出しにして、何かを訴えたいような表情でした。
「祐二っ、祐二っ・・・ご飯よ。おりてらっしゃい」
お母さんの声が聞こえました。でも、そんな声も今の祐二には聞こえるはずもありません。
しばらくすると、階段を登ってくる気配がありました。
「ねぇっ、聞こえないのっ。祐二っ、祐二っ・・・ご飯よ。」
しびれをきらしたのか、お母さんが部屋までやってきました。
ガラッ・・・。
「何してるの。ご飯よ」
ビクッ・・・。祐二はとてもびっくりした様子でお母さんを見上げました。
「えっ、何?」
「ご飯よ。何してるの」
「何でもない・・・」
祐二はそういうと、居間まで走って行きました。
「全くもう、いつも、返事もしないんだから・・・」
お母さんはそうつぶやくと、肩の息をなで下ろしました。
「また、テレビ見ながら、ご飯食べてる。食べてからにしなさいって言ってるでしょ」
「・・・」
「宿題は終わったの?学校の支度はした?」
「・・・」
「もおっ、テレビ消すわよ」
お母さんは、近くにあったリモコンでテレビを消しました。
「うるさいなぁ、もう・・・」
「親に向かって、うるさいって何?もういっぺんいってごらんなさい」
「ううん・・・、ごめんなさい」
祐二は少しむっとした様子で、ご飯をほうばり始めました。
「だめじゃない。よくかんで食べなきゃ。それに、こぼれてるでしょ。少しは行儀良く食べてよ」
「はいはい」
「はいは一回でいいわ」
「はい」
もちろん、から返事です。それでも返事をしないと、また次のお小言が始まるからです。それは、祐二もちゃんと、わきまえていました。というより、それ以上言わせないための祐二なりの考えだったかもしれません。
それでも、お母さんは、祐二の事ばかり気を遣っていろいろ話をします。
「ほらほら、残さないで食べてね。ご飯が食べたくても食べられない人もたくさんいるんだから」
「・・・」
「ほら、お行儀が悪いわ。ちゃんとお茶碗は手で持って。みそ汁は右側へ置くのよ」
「・・・」
「駄目よ。肘なんてついたら・・・」
「・・・」
「お皿を箸で動かしちゃいけないって、何度も言ってるでしょ」
「・・・」
「ああ、そういえばあさって授業参観みたいだけど、あなた大丈夫なの?いつも答えられないみたいだけど、少し予習くらいしなさいよ。お母さん、はずかしくていけやしないわ。落ち着きもないし・・・」
「・・・」
どう答えようにも答えきれないほど、注意されます。もちろん、何かを話そうとしても話す余裕すらありません。
リーン。リーン。
電話が鳴り響きました。
「はい、大内でございます」
「こちらは、バカ殿天国でございます。大内祐二さんはご在宅でしょうか」
「はい、おりますが、どのような御用件でしょうか」
「お母様でしょうか」
「はい」
「では、夢のハワイ旅行ペア一組様が当たりましたので、ご本人さんをお願いしたいんですが」
「えっ・・・ハワイ?」
お母さんは、半信半疑でふるえる手で祐二に受話器を渡すとその場へペタンと座り込んでしまいました。
「ああ、母ちゃん、テレビ、テレビ ・・・、テレビつけて、十二チャンだ」
それには、祐二とテレビ局との電話の様子が映し出されていました。お母さんは、呆然とした様子でそのテレビを見入っていました。
「では、後ほどチケットを送らせていただきますので」
そう言って、電話が切れました。
「祐二・・・」
お母さんは、何て言っていいかわからず、ただ祐二の名前をつぶやきました。
「ただいま」
お父さんが、仕事から帰ってきました。でも、お母さんは、まだ電話の前に座っています。
「どうしたんだ」
「ハ・・・ハワイ・・・」
「ハワイがどうしたって?」
「父ちゃん、ただでいけるんだよ。ハワイ・・・」
祐二が、お母さんの言葉を遮るように言いました。
「何だって。それは、すごいじゃないか。で、いつなんだい。ハワイへ行くのは・・・」
「いつでも、いいんだよ」
「じゃあ、もうすぐ夏休みだし、今年の盆休みはハワイか。いいなぁ、そんな休暇は結婚以来はじめてだな・・・」
お父さんは、きつくしめていたネクタイをゆるめながら、少し浮かれた気分で言いました。
「英語を勉強しなきゃいけないわ。パスポートもいるし、スーツケースも買わなきゃいけないわ。それから、、、えーと、何をしたらいいのかしら」
お母さんが、急に立ち上がると、いそいそと話し始めました。
「母ちゃん、大丈夫だよ。英語が全然喋れなくても、日本語が通じるところがいっぱいあるから。それにハワイなんて、殆ど日本人ばかりだって言うし・・・スーツケースは、レンタルだってあるんだ」
「そうなの?でも、随分いろんな事を知っているのね」
「そりゃ、みんな行ってるから」
「みんな?」
「そうだよ。夏休みとかに、結構ハワイとかグアム旅行しているよ」
「みんな、お金持ちなのねぇ」
「違うよ。みんな行くから行くんだって、そう言ってた」
「でも、みんな行くから行くなんて、そんなに簡単な事じゃないわ」
「第一、ディズニーランドの側のホテルに二泊するお金で一週間行けるんだよ」
「そうなの?」
今まで、遠くへ旅行などしたことのないお母さんは、更にびっくりしました。
「あっ、それで、僕は行かないから、二人で行ってくれば」
「えっ、どうして」
「別に、行きたくないから」
祐二は、それ以上尋ねても何も言いませんでした。
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祐二の学校が休みの、ある土曜日のことです。
「本当にいいの」
お母さんは、まだ祐二を誘いだそうとしていました。でも、祐二の気持ちは揺らぐことなく、むしろ喜んでいる様子でした。
「一度、こういう生活してみたかったんだ。それに学校もあるし。父ちゃんとたまには仲良くしてくればいいじゃん」
「でも・・・」
「大丈夫だよ。もう、五年だよ」
「何言ってるの。まだ、五年よでしょ」
お母さんのその言葉を遮るように、祐二は言いました。
「ほら、早く行かないと飛行機に乗り遅れるよ」
「そうね、、、でも、火だけは使わないでね。それに、郁男くんのおうちにいろいろたのんであるから、様子も見に来てくれると思うから・・・」
「わかった、わかった」
「それから、台所の食器戸棚の二番目の引き出しにお金が入ってるから・・・」
「わかった、わかった」
「それからあの・・・戸締まりと忘れないでね。それから、えーと・・・」
お母さんは、まだ頭が少し混乱していました。当選してから一ヶ月、、、まだそれを信じられずに、ただ目まぐるしく忙しい日々が過ぎていったのでした。
そして、祐二も一緒に行かないかと説得しつつもそれをできないまま、むかえた今日の出発です。
今まで、祐二をひとりにさせることなど、決してありませんでした。お父さんはそれもいいじゃないかと言っていましたが、お母さんはとても心配でした。
「じゃあねっ、いってらしゃい」
祐二から、追い出すような格好でした。でもそうでもしないとお母さんの重いおしりはいっこうに動きそうにありません。
「タクシー来てるよ。ほら、早く早く」
ふたりは祐二を気にしながらも、いそいそと出ていきました。その顔はまるでこれから、お化け屋敷にでも入っていくかのような、心配で心配で・・・そんな表情でした。
「さあて、何をしようかな」
二人が旅立って行くと、祐二はあの時から、ひとりになりたくてワクワクしていた気持ちがいっぺんに飛び出しました。
今まで、我慢してたんだ。やっと、解放されたぞ。バンザーイ・・・。祐二はそんな気持ちでいっぱいでした。それも、一週間もあります。
毎日毎日お小言ばかり聞かされて、気休めできないばかりか、ストレスばかりがたまり、既に爆発寸前でした。何度かバットで家中を壊してやろうかと思った事もあります。でも、いつも、震える手で一生懸命我慢しました。
今の学校生活、家庭生活、至る所にストレスがありました。小学校五年にもなると、もう、中学、高校の受験戦争も始まっています。塾へ行くのが当たり前、学校や親の要求は多いばかりで、まるで心を奪われたロボットのようでした。
とりあえず、昼寝でもしようかな・・・。暖かい日差しがその部屋に入ってくると、なんだか少し眠りたくなりました。
もちろん、今まで昼寝などしたことなどあるはずもありません。
天気が良ければ、外で遊んでこい。家にいれば、勉強しなさい、、、ことごとく言われていました。でも、それもしばらくない・・・と思うと、安心したのか、祐二はそよそよと流れる川の音を聞きながら、そのまま寝入ってしまいました。
「ピンポーン」
祐二は、はっとして時計を見ました。
えっ?
時計は夕方の七時になっていました。
「ご飯食べよう」
近所の郁男君がやってきました。まだ、祐二の頭は、寝起きのせいで頭がぼーっとしています。
祐二の親が出掛けていったのは、朝の八時半でした。なんと、祐二はそれからの十時間半も寝てしまったのです。
「おーい」
玄関から、祐二を呼んでいる声が聞こえました。
「ちょっと待ってて」
祐二は、すぐ顔をバシャバシャと洗い流し、あわてて郁男のところへ走っていきました。
「ごめん、ごめん」
「電話したんだぞ。ちっとも出ないから・・・」
「えっ?」
「さては、寝てただろ。跡がついてるぞ」
ははっと、祐二は照れ隠しで笑っていました。
「今晩は」
郁男の家に行くと、たくさんのご馳走が並んでいました。
「すっげ〜。レストランみたいだ」
郁男君のお母さんは、ちょっと嬉しそうに笑いました。
「さあさ、いっぱい食べて」
「はあい。いただきま〜す」
「たまには、こういうのもいいわねぇ」
郁男君の家の人たちも、いつもとはちょっと違った食卓に、笑いを飛ばしていました。
「いいなぁ、おばさんのところって、いっつもこんなご馳走食べるの?」
「あらまあ、ご馳走なんて言ってくれるの、祐二君だけよ。オホホ・・・」
郁男君のお母さんは、少し浮かれた気分で言いました。
「でもいつもと同じ食事でも、一人違う人が入ると、味が全然違うのねえ」
「ああ・・・」
郁男君のお父さんも、うなずいて言いました。
「母さん違うよ。みんなで食べるから、おいしいんだ」
郁男は、少し納得したように、言いました。
「コンビニのご飯がおいしいのは、たくさん炊くからなんだって」
「へぇ、よく知っているのね」
「ねぇ、祐二君は学校のお勉強で何が好きなの?」
「ああ、僕はえーと、体育かな」
「俺は、音楽だよ」
郁男も負けずと話し始めます。
「そういえばさぁ、この間哲也の奴、すごかったよな」
「うんうん、隣の美樹とさ」
「うんうん」
それは、郁男と祐二の二人での目と目の会話でしたが、いつも、話題のない食卓でも、他人が入ると自然にたくさんの話題にあふれます。
郁男君の家の食卓は、だいたいテレビが主体でした。もちろん、学校や仕事や世間話などはしません。お互いがテレビに夢中になり、だらだらと食事が続きます。
でも、今日はそのテレビも消されていました。
「これは、お姉ちゃんが作ったのよ」
それは、ポテトサラダでした。
「なんだ、おまえ、料理作れたのか」
お父さんが、びっくりして言いました。
「そりゃあね」
お父さんは、それをひと口、口に入れると、満足したようににっこり笑いました。
にぎやかな食事が終わると、いつも、食事が終わるとすうーっと、自分の書斎へ行ってしまうお父さんが、トランプでもしようか、と言い始めました。
郁男君も、はじめはそんな事をなかなか口に出さないお父さんにびっくりしましたが、嬉しそうにトランプを取りに行きました。
「父さんだって、昔はよくこれで遊んだんだぞ」
トランプを配りながら、言いました。
「昔は、テレビゲームとやらがなかったから、将棋とか、トランプとか花札とかしてたなぁ」
お父さんは、子どもたちに昔遊んでいたトランプゲームを教えてあげることにしました。
「そうだな、これは、こうやって・・・」
アハハハハ・・・。時折、笑い声になって家中に響き渡りました。
郁男君のお母さんとお姉さんは、台所の片づけをしながら、明日は何を作ろうか、二人で話をしています。
「ねえ、お母さん、明日のおやつはクッキー作ってみようよ」
「そうね。いいわ」
いつも少しは手伝いなさいと言っても、なかなか台所の手伝いなどしたことがありません。でも今日は料理を作ったり、茶碗を洗ったりでおおはりきりのお姉さんです。
ふとこんなに楽しい生活は、久しぶりね・・・お母さんは笑い声を聞きながら、そんなことを考えていました。
普段は生活に一生懸命で、結構まんねりしていたのかも知れません。少なくとも、郁男君の家族にとって、今回のようなことは、生活を見直すいいきっかけづくりになったのかも知れません。
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「じゃあ、おやすみなさい」
「大丈夫?泊まっていけばいいのに」
「でも、枕変わると、寝れないし・・・」
そう言って、祐二は家に帰っていきました。本当は、やっと得た一週間のひとり生活です。だから枕が変わってなんていうのは、ちょっぴりいいわけにしかすぎませんでした。
祐二が家に向かうと、祐二の家は灯り一つついていません。
「玄関だけでも、つけときゃ良かったかな」 なんとなく、灯りのついていない家に入るのは初めてだったので、少し臆病になっている自分にびっくりしました。
「鍵・・・鍵・・・」
暗闇の中で、ポケットから鍵を出し、玄関を開けました。
「ああ、そうだ。閉めなきゃ・・・」
祐二はこれでもかというように、厳重に玄関の鍵をしめると、廊下はシーンとしていて、部屋も暗いので少し肌寒いような気がしました。なんとなくいつもの空気と、様子が違いました。
ええいっ。祐二はそれを振り払うかのように、自分の部屋へ猛ダッシュしていきました。
いつでも明るかった家・・・帰ると、お母さんが必ず「おかえりなさい」と祐二を出迎えてくれていたのです。
祐二は、すぐ布団に入り、目を閉じました。でも、昼寝をしてしまったせいか、なかなか寝ることができません。
「もう、ついたんだろうな。ハワイ。僕も一緒に行っておけば良かったかな」
ググーッ。あれ・・・。
「おなかすいたなあ。何か、食べ物ないかなぁ」
祐二は起きあがってあたりを見回すと、ありました、ありました。それは、この日の為に蓄えておいたカップラーメンです。
「そうだっ。やっと、念願のこれが食べられる・・・」
祐二は、それを見つけると、ちょっぴり嬉しい気持ちになりました。
今まで祐二は、カップラーメンを食べたことがありませんでした。それは、お母さんが、祐二の食生活の管理をしっかりとしているからで、カップラーメンの栄養について、とくとくと聞かされていたのです。
「えーと、まず、お湯だ」
台所へ行って、ポットのお湯を見ましたが、空っぽでした。
「なんだ、お湯もないのか。しょうがんないなぁ」
すぐさま、お湯を沸かすことにしました。えーと、やかんはっと・・・。
でも、やかんは、見あたりません。
「何だ、この家・・・」
まあ、いいか・・・側にあったなべで、お湯を沸かすことにしました。
ガチャガチャ・・・あれっ、おかしいなぁ。ガス台のスイッチをいくら押しても、ガスはつきません。
えーと、どうやったら・・・
祐二はあたりを見回して、ガスの元栓があることに気がつきました。
そうだっ、元栓だ・・・。えーと、ひねるのは、どっち向きだ?ああ、そうか、こっちには回らないから、こっちだ・・・。ほら、できた。
なんとか、ガスの元栓を開き、お湯も沸かすことができました。
えーと、次は、カップラーメンの用意だよな・・・
ん?かやく?ああ、これか・・・。かやくを入れてふたをしめて三分だな?
お湯をそそぎ入れると、なんともいい匂いがしてきました。うん、うん、この匂いだよな。祐二は、ひとりで納得したように、うなずいていました。
それにしても、三分の長いこと、、、立っては座り、立っては座り、あげくのはてにテーブルの周りを三周までしてしまいました。
「十、九、八、七、六、五、四、三、二、一・・・・。やったぁ、時間だ」
箸を取り出して、湯気が立ち上るカップラーメンを、ふうふうと食べ始めました。
「うん、うまいっ」
一口二口食べると、いつもはそんなことをしたことがない祐二は、少年漫画のコミックを持ってくると、愉快に笑いながら、それをすすりはじめました。なんとなく、先程少しだけ感じた寂しさも、もうすっ飛んでいました。
「これって、くせになりそう」
カップラーメンを食べ終えた祐二は、今度はビデオを見ることにしました。昼寝をしてしまったせいで、もう夜の十一時になろうというのに、すっかり目が冴えてしまっていたからです。
居間の大きなソファーにでんと横たわると、まるで王様になったような感じがしました。
ソファーは座るもので、寝るものじゃない・・・いつも、お母さんは、言っていました。
部屋の電気を消すと、それはまるで映画館のようでした。テレビの音だけは少しおさえましたが、三十二インチのテレビ画面から映し出されてくるその映像は、まさに迫力以外のなにものでもないのでした。
カシャカシャ・・・。カシャカシャ・・・ガタッガタッ・・・
「うわっ、地震だっ」
ガタガタッ・・・ガタガタッ。
天井の灯りも左右に揺れました。食器戸棚やリビングボードなどもガタガタ揺れました。
いったい、何したらいいんだろう・・・。祐二はあたりを見回しました。
防災頭巾は学校です。辺りを見回して、まずとっさにテーブルの下に隠れました。あっ、そうだ。ガス・・・ガスの元栓・・・
祐二は一目散にガスの所へ飛んでいき元栓を閉めました。
ガタガタッ。まだ、揺れていました。また、テーブルの下に隠れると、それは、何事もなかったように、しずみました。
地震の規模はマグニチュード四・・・でも、震源地からは程遠く、祐二の住んでいる地域は、震度二だったようです。でも、祐二には、いつもの地震より、とても長い時間に感じられました。たった一分もない時間が、まるで一時間ぐらいかかったように感じたのです。
「ああ、終わった」
少し、ほっとした様子で、テレビをつけました。まだ、あの緊張感が体の中に残っていました。
「へへっ、できるじゃないか」
半分苦笑いもありましたが、ガスの元栓も締めれた・・・そんな、優越感にも、少しひたっていました。
ほんの少し、怖かったけれど、ほんの少し大人になったような気もしました。
雨戸を開けて、外を見てみると、あちらこちらで灯りがつきはじめました。みんな、地震を感知して、起きてきたのでしょう。時折、冷たい風が吹き抜けてくると、祐二は少し身震いをしました。
「うわっ、寒い。さあて、寝ようっと」
雨戸を締め、もう一度戸締まりの確認をすると、自分の部屋に入りました。
「カップラーメンもおいしかったし、貴重な体験もしたし・・・さぁて、明日は日曜日だから、少しゆっくり寝ちゃおうかな」 体は興奮しつつも、祐二はゆっくりと夢の中へ入っていきました。
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ピピピピピ・・・ピピピピピ・・・。
かすかに開いているカーテンの隙間から暖かい日差しが祐二の部屋に入り込んできました。
外を走る新聞屋さんのバイクの音、おはようと声をかけあう近所の人たち・・・そんな、気持ちの良い朝の響きに祐二は、目が覚めました。
「まだ、六時・・・」
でも、なんとなく、寝ているのが惜しくなるほどの気持ちよさでした。
祐二は布団の中でストレッチ体操を二〜三回すると、起きあがりました。
「今日は、何しようかな」
祐二は、気持ちようそうな外をまず歩いてみたくなりました。いちもくさんで着替えを済ませ、顔を洗い外へ出ました。近くにコンビニがあるので、朝食も買ってこなければいけません。
「おはよう祐二君。今日はえらく早いね」
「おばさん、おはようございます。なんか、気持ちがいいから」
「そうだねぇ、暖かくなってきたからねぇ」
そのおばさんは農家の人で、今採れたばかりの葱とほうれん草を頭の上のざるにのせて、言いました。
「それはそうと、祐二君のところはご両親旅行に行ってるんだっけ。じゃあ、何もないけど、うちんちでご飯食べていくかい」
そのおばさんは、やさしく声をかけてくれました。
「わっ、いいの?」
「ああ、おいで。大したものはないけど、新鮮な野菜はいっぱいあるよ」
「やった〜。ありがとう」
祐二君は、そのおばさんが持っていた、葱とほうれん草を持ってあげると、
「本当だ。土のにおいがする」
祐二は採れたての野菜など、なかなか食べることもなかったので、とても喜びました。
おばさんの家は、祐二の家から、五件先にあります。普段はあまり話はしないけれど、いざとなればみんながこうしてやさしく声をかけてくれたりします。
おばさんの家には、おじいさんがいるだけで、あとは誰も住んでいません。そのおじいさんも、足が弱っているとかで、なかなか自由がきかず、結構大変なようでした。
でも祐二が行くと、にこやかに出迎えてくれました。
「わしは、不自由な身でのう。何もしてやれんが、嫁の作るみそ汁は格別にうまいからのう。たくさん食べとくれ。みそも漬け物も、みんな自家製じゃ。そこいらの漬け物とわけが違う。でも、わしがこんなだから、好きなこともできんと、かわいそうでのう、、、もう、こんなに歳をくっちまった」
おじいさんは、話好きなのか、それともなかなか来ないお客さんに寂しさを感じているのか、いろんな事を話してくれました。
そうこう言っているうちに、暖かいご飯とみそ汁が出てきました。
そのご飯は、ふんわりしていて、ピカピカ光っていました。
「うわっ。本当だ。おばさん、これおいしいよ」
じゃがいもや、ほうれん草や、葱やワカメやたくさんの具がいっぱい入っていました。
「日本人は、これが一番じゃ。あとは、何もいらん」
おじいさんはそう言うと、ゆっくりゆっくり、食べ始めました。
「米も、大事じゃ。一粒一粒よく噛みしめてやらんと、罰があたる。それに米は、ゆっくり噛むと甘いんじゃ。最低二十回位噛まないとあかん」
祐二は、言われたように、ご飯を一口、口に入れると、数を心で数え始めました。
一、二、三・・・・
「えっ、どうして、こんなに甘いの?」
それは、本当でした。今まで、お米の味すら味わっていなかったのです。
一、二、三・・・
祐二は、今まで白いご飯が苦手でした。必ず、ふりかけやお茶漬け、ましてやシチューなど出れば、その中に入れてしまうほどでした。でも今日は別でした。とても甘いふっくらしたご飯に感激したのです。
「すっごくおいしい」
みるみるうちに、祐二の茶碗からはご飯が消えていきました。
「もっと、食べるかい」
「うんっ、僕、こんなにごはんがおいしいなんて知らなかった」
「はは、そうじゃろう。みんな、そういうもんじゃ。ゆっくり噛みしめて、それでこの米をつくってくれた人たちのありがたみがわかるってもんじゃ」
「もう、もったいなくて、残せないね」
「ああ、おまえは、今までお米を残してたのか」
「ちょっとね。だってまずいんだもん。味がなかったから」
「そうか、じゃあ、米を残さんとするために、嫁に米の炊き方を教えてもらいなさい」
「はいっ」
祐二は食べ終えると、おばさんにお米のとぎ方を教えてもらいました。
「よし、母ちゃんが帰ってきたら、作ってやろうっと。ちゃんと炊けたら味見してね」
祐二はそう言って、帰っていきました。
次は、何をしよう。おいしいご飯も食べたし、あっ、そうだ。花に水をあげなきゃいけないんだよな。
玄関に少ししなった花を見て、はっとしました。
「そう言えば、昨日はあげなかったよな」
裏へ行き、じょうろにたくさんの水を汲んでくると、ゆっくりゆっくり水をかけてあげました。
「こんなにぐったりしているのに、大丈夫なのかなぁ」
もう、枯れ花同然の状態でした。でも、しばらくそれを眺めていると、ぐったりしていた花が、少しづつ起きあがってきたのです。
「うそだろ・・・」
祐二は、その正直すぎる花にとてもびっくりしました。人間より、かわいいや・・・ふと、そんな気さえしました。
あのまま、水もあげずにいたら、きっと、死んでいただろうに・・・。木も花も本当に生きているんだという実感がわきました。
「なんか、すごいよな。これって」
少しずつ上に向かって生きようとしているその花に、なんとなく元気をもらったように思いました。
祐二は、部屋に入ると、パソコンのスイッチを入れました。
去年の誕生日に、勉強のソフトを買って、勉強をするという約束で、お父さんに駄々をこねて買ってもらったものです。結局遊びが殆どですが、でも、コンピューターでの学習はゲーム感覚で結構面白いものでした。
子どもというのは、マニュアルがなくても、パソコンを動かすのは簡単です。感性でこなしてしまうからです。祐二も、もちろんそのひとりでした。お父さんも、勉強がてらいじってみたのですが、お父さんには、なかなかついていけそうにありません。
祐二は、毎日日記をつけていました。心の中のいろいろな事を、このパソコンに書いていたのです。楽しいことも、悲しいことも、嫌だったことも、みんなこのパソコンなら、正直にかけました。それはそれは、祐二の友達のようなものでした。
祐二はさっそく、昨日からのことを思い出しながら、日記を書いてみることにしました。
○月×日(★曜日) 天気 はれ
今日は、母ちゃんたちがハワイへ行った。本当はぼくも行きたかったけど、ひとりでるすばんしている方がおもしろそうだったので、やめにした。せっかくだから、なにか、おもしろいことしたい。何かないかなぁ。
夜、郁男の家に行った。ごはんを食べに行った。ハンバーグとポテトサラダだ。おいしかった。そのあと、おじさんに、トランプを教えてもらった。コインを使ってかけをしたので、結構おもしろかった。
夜、帰ってから寝る時、ちょっと怖かったけど、電気をつけて寝たら、寝れた。
そう言えば、やっと念願のカップラーメンを食べることができた。母ちゃんにだって、その味教えてあげたい。本当においしいんだから。
△月▲日(◎曜日) 天気 晴
夜に、じしんがやってきた。ぼくは、びっくりしたけど、ちゃんとガスの栓もちゃんとできた。良かった。
朝、早く起きると、近所のおばさんにあった。そこで、あさごはんを食べさせてもらった。ごはんが、こんなにおいしいと、はじめて思った。ごはんを炊く量少なくても、一生懸命心をこめてとげば、おいしくなるんだって、おばさんは言っていた。
帰ってきてから、花に水をやった。その花は、
ガタガタッ。
ん?何だ。何の音だ?
祐二は、日記を書いている手を止めました。
居間の方で、何かの音がしました。祐二は、また地震かと思って、机の下に隠れようとしました。
でも、揺れている気配はありません。
ガタガタッ。また、音がしました。
何だろう。祐二は、そっと部屋を出ると、そばにあったバットを手にして、その音がする方へ向かいました。
静かに静かに、階段を降りました。でも、あの音は、消えていました。
風かな・・・。祐二は、居間の窓が少し開いているのに、気がつきました。
ああ、きっと、風なんだ・・・そういえば、さっき庭へじょうろを取りにいったんだ・・・祐二は、少しほっとしたように、その窓を閉めました。
外は、太陽がこうこうと照らし続け、時折、少しばかり早いせみの鳴き声が聞こえていました。
ガタガタッ。
えっ?
祐二は、一瞬凍り付いたように体が動かなくなりました。そう言えば、きちんとしておいたはずの本がばらばらになっていました。あっちへ散らかり、こっちへ散らかっていたのです。
風が吹いただけでは、もちろんびくともしない本です。
誰だっ………。怖いながらも、キョロキョロとあたりを見回しました。でも、誰かがいる様子でもありません。でも、また、ガタガタッと音がしました。
祐二は、また、バットを固くにぎりしめると、ゆっくり深呼吸しました。落ち着け・・・落ち着け・・・。
何度も何度も、深呼吸しました。
何があっても、大声は出さないぞ。
何が起きても、僕は頑張るぞ。
落ち着け・・・落ち着け・・・。
臆病になんかなるな。
おまえは男だ。男なんだぞ。
涙なんて、出す女じゃないんだ。
しっかりしろ、しっかりしろ、、、
落ち着け、祐二・・・
ガタッガタッ・・・。また、音がしました。誰かいる・・・祐二は、気配を感じました。
どうしよう・・・でも・・・
祐二の中で、沢山の事が頭をよぎりました。もし、泥棒だったら・・・もし、包丁を持った強盗だったら・・・
少し足も震えました。
何があっても、大声は出さないぞ。
何が起きても、僕は頑張るぞ。
落ち着け・・・落ち着け・・・。
臆病になんかなるな。
おまえは男だ。男なんだぞ。
涙なんて、出す女じゃないんだ。
しっかりしろ、しっかりしろ、、、
落ち着け、祐二・・・
ドサッ。
「ぎゃあ〜」
祐二はびっくりして、大声を出しました。何かが、祐二の頭の上に落ちてきたのです。
ニャオーン・・・。
祐二は、あっけにとられました。猫が、自分の側の食器戸棚の上から、飛び降りて来たのです。猫は何事もなかったように、祐二の頬をペロペロとなめはじめ、クゥーンと甘えたように啼きました。
祐二は、その場へペタンと座り込んでしまいました。背中には、汗がびっしょりと流れ落ちていました。
「あっはっは・・・あっはっは・・・」
もう、おかしくて笑うしかありません。
「あっはっは・・・あっはっは・・・」
しばらく、笑いが止まりませんでした。涙も、少し出てきました。祐二は、思いっきり、泣きました。声を大きくあげて、わんわん泣きました。
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祐二は、落ち着いてくると、少し気分転換がしたくなりました。
「そうだ、買い物へ行ってみよう」
お母さんが、何かの時の為にと、食器棚の引き出しにお金を入れてくれたのです。
祐二は、引き出しを開けて、その一番下に隠れていた封筒を手にすると、ドキッとしました。
一万円札が五枚も入っていました。
なんとなく、祐二は足が震えてきました。今まで、それ程の大金を手にしたことがありません。同時に、気持ちが少し大きくなったように感じました。
ああ、あれも欲しい。これも欲しい・・・千円位なら・・・でも、あれもだから、二千円位なら・・・どんどん、気持ちは大きくはずんでいきます。
「母ちゃん、いいよね」
祐二がポツリと言うと、その中の一万円札を無造作に引き出して、ポケットにつっこみました。
祐二は、一目散に走り去るように、家を出ました。
まず祐二は、前から欲しかったテレビゲームのソフトを買いに行くことにしました。
店の中に入ると、欲しいと思っていたソフトよりも、もっともっと楽しそうな新しいゲームソフトがたくさん出ていました。
「これは、八千円だし、これは・・・ああ、九千八百円だ」
もちろん、値段は高いものばかりです。
「ちぇっ」
まさか、一万円全部を遊びのものに使うことはできません。祐二は、中古のゲームソフトも探してみましたが、そこには祐二が今持っているゲームとさほど変わりのないものばかりでした。
祐二は、ファミコンショップを出ると、本屋へ向かいました。特に欲しいという本はなかったのですが、丁度、出た店の正面にその店があったので、寄ってみることにしました。
「いらっしゃい」
元気な定員の声が聞こえました。祐二はびくっとしたように、一瞬お店に入ることに迷いました。店屋へ行って、何も買わずに帰るのも、さっきのファミコンショップがはじめてです。だから、少々ためらいもありました。
………見るだけだ・・・見るだけだ・・・
それでも、定員の目を気にしながら中へ入っていくと、たくさんの新刊がびっしりとしきつめられていました。祐二には、とても重圧感が感じられました。
祐二は、自分の好きな漫画のコーナーへ行きました。最近の本屋では、特にコミックなどの漫画の立ち読みができないように、すべてビニールのカバーにくるんであります。
祐二は一番手前にあった、少年コミックの雑誌を手に取ると、いちもくさんでレジへ向かいました。
「これ」
祐二はとても小さな声でそれを差し出しました。
定員は、そんな気持ちとは、裏腹に他のお客さんと同じように接しました。
「四八〇円です。袋に入れますか?」
「あの、はい………」
少し祐二は、緊張していました。ポケットの中の一万円札をぐっとつかむと、そろそろと差し出しました。
「はい、一万円ですね。細かいのはありますか?」
「いいえ」
「はい、では、とりあえず一、二、三・・・九枚で、九千円をおたしかめ下さい」
「はい」
「残りの五二〇円です。ありがとうございました」
お釣りをもらうと、今度はバラ銭なので、お財布を取り出しその中へ入れました。
定員は、本を手渡すと、もう次の人のレジを打っていました。
祐二は、外へ出ました。でも、まだあの緊張感が少し体の中に残っていました。
夕方にも近くなる頃、外は気持ちの良い風が吹いてきました。
丁度家に向かう途中、祐二は同級生に会いました。
「やあ、祐二。何の本、買ったの」
「ああ、少年コミックだ」
「うわあ、いいなぁ、あとで僕にも見せてよ」
「いいよ」
「そうだ、どうせ会ったんだから、遊ぼうよ」
「いいよ」
近くに、公園が見えてきたので、そこで遊ぶことにしました。
そこには、木で作られたアスレチックがあります。今日も、沢山の子どもたちでいっぱいでした。
祐二達は、思いっきり遊び始めました。ブランコに乗り、滑り台も滑り、ターザンの様に縄につかまり、飛び乗っていきました。
木にもぶら下がりました。誰が一番高いところに上れるか、競争もしました。
それはそれは時間を忘れてしまいそうな、楽しい遊びでした。
「健一・・・健一っ。ご飯だから、帰ってらっしゃい」
誰かを呼んでいる声が聞こえました。あたりは、夕焼けに包まれ、少し暗くなっていました。
「あっ、もう六時半だ」
学は、近くにあった時計を見て言いました。
「俺も、帰らないと・・・」
「ああ・・・」
「じゃあな」
一人二人帰っていく中にポツンと残された祐二も、最後に滑り台を一気に降りると、帰ることにしました。
「えーと、今日の夕御飯は、ひとりだったよな。じゃあ、弁当でも買って帰ろう」
本当なら、郁男の家でご馳走になるはずでしたが、急に親戚の人が倒れたというので、「夕飯までには、帰ってくるから」と言われたのですが、祐二は遠慮して断りました。
夕焼けは赤々と燃えていて、とてもきれいでした。そこだけ、明かりを灯したようでした。祐二は、思わず歌ってみたくなりました。
「からす なぜなくの
からすは 山に
かわいいあの子がいるんだよ」
コンビニエンスストアーに入ると、明日の朝食べるパンと、今日の夕御飯のお弁当を見つけると、レジへ向かいました。
「一二〇円、三八〇円・・・・・合計九八〇円です」
祐二は、ポケットから財布を出そうとすると、
「あれっ」
いくらポケットの奥をつっこんでも、財布がありません。ましてや、それには家の鍵までついていたのです。
祐二は、頭の中が真っ白になってしまいました。
「どうしたの?僕・・・」
定員がやさしく声をかけました。
「財布が、財布がないんだ。家の鍵も・・・」「どこかに、落としてきちゃったのかしら。えーと、どこの子だっけ?」
祐二は、名前と住所を言いました。もちろん、お父さんとお母さんが旅行に出ていて、いないことも言いました。
そこへ、さっき一緒に遊んでいた学が、お母さんと買い物にやってきました。
「祐二、どうしたんだ。こんな所で」
祐二は、定員と話を詳しくするために、レジの中の椅子に腰掛けていたのです。
「財布がなくなっちゃったんだ」
祐二は言うと、
「ちょっと、待ってて」
学はお母さんの所に行き、何か話をしていました。
「この子の分も払うわ」
学のお母さんは、祐二の変わりにお金を払ってくれることになりました。
「どうもありがとう」
「お知り合いですか?」
定員が尋ねると、
「子どもの同級生なのよ」
「何か、家の鍵もついているらしくて」
「あらそう・・・」
学のお母さんは、困ったような顔をすると、
「じゃあ、一緒に探しましょう。お財布を落としただけなら、仕方がないけど、家の鍵もじゃ探すしかないわね」
そう言って、三人で店を出ると、まず祐二の歩いた道を逆に行ってみることにしました。
「ごめんなさい。おばさん」
「いいわよ。困った時はお互い様・・・。そうやって助け合わなきゃ、生きていけないのよ」
外はもう暗くなっていて、街灯の明かりだけが、道を照らしていました。
もう、七月だというのに、夜になると時折冷たい風もすうっと吹き抜けていきました。
「うわっ、寒い」
学が言うと、
「じゃあ少し、早歩きしましょうか」
三人は、さっきまでゆっくりだった足を少し早めました。
「ないなあ」
お財布となると、出てくることはなかなかありません。万が一見つかっても、きっと、現金はからっぽだというのが多いようです。
「歩いてなかったら、交番に行った方がいいよ」
「うん」
公園につきました。
「神様、ありますように・・・」
祐二は心の中で、何度も何度も祈りました。でも、なかなか見つけることができません。
「ない、ない、ここにもない・・・」
祐二の目から、涙が少し出てきました。男は、人前で泣いてはいけないんだと、お父さんに、いつも言われていました。
でも、悲しかったり痛かったりの涙じゃありません。ただ、くやしさだけの涙でした。
「ない、ない、ないよ。こっちもだめ、あっちもだめ・・・」
しばらく公園を探していると、自転車に乗った人がやってきました。
持っていた懐中電灯で照らし出されると、「何か探しているの」
とその人が言いました。
「財布・・・財布がないんだ。鍵がついてるやつ」
「ああ、知ってるよ」
「えっ?」
学のお母さんもびっくりしてそこへ走ってやってきました。
その人は、この公園の裏のおまわりさんでした。
「さっき小学生の女の子が、届けてくれたんだ」
「本当?」
「それで、どんな財布かな?」
「えーと、ポケットモンスターのシールが一枚貼ってあって、中身はえーと、さっき、本を買ったから残りの分で、、、えーと。いくらだっけ」
「じゃあ、本はどこの本屋さんで買ったの」
「駅の裏のファミコン屋の前の、たしか文文堂ってお店・・・」
「じゃあ、たぶん君のだ」
おまわりさんはそう言うと、三人を連れて交番へ行きました。
「お財布なんかの落とし物も出るんですか」
学のお母さんが、そう尋ねると、おまわりさんは笑って
「子どもが多いね」
と、言いました。
学は、他にどんな落とし物があるのか尋ねてみると、ファミコンのゲームソフトだったり、傘や時計・・・と結構リサイクルショップでも開けそうな品物を次から次へと言いました。
「すごいんだね」
二人は感心したように、うなずきました。「じゃあ、書類を書いて・・・。えーと、確か女の子のところに預かり証がいってるはずたから、それをもらって、それから引替だな」
おまわりさんは、すぐその女の子のところに電話をかけると、今から書類をもらいに行くからと言ってくれました。
「はいっ。じゃあ、行ってきます」
幸い、その女の子の家は、歩いて五分くらいのところにありました。
学のお母さんが、お礼にと、スナック菓子を買ってくれました。
「こういうときはね、お礼をするの。気持ちでね」
「うん」
祐二は学のお母さんのやさしさがとってもありがたく、しみじみと感じていました。
その女の子の家に着くと、その女の子は、少し寒いこの夜空に外で待っていてくれました。
「えっと、お財布を探してくれた子?」
「うん」
と、持っていた書類を手渡すと、祐二はお礼に学のお母さんが買ってくれたスナック菓子を手渡しました。
「どうも、ありがとう」
祐二は、深々と頭を下げ、少し目頭があつくなったように感じました。なんとなく、嬉しくて仕方がありませんでした。そして、みんな、さわやかな気持ちで、家に帰りました。
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両親が旅行に行ってから、四日が過ぎました。最初の二日間は、学校が休みということもあって、いろいろなことがありましたが、学校が始まると、目まぐるしく時が過ぎていきました。
祐二も、母親たちのいない生活が少し慣れてきました。でも時折知らず知らずのうちに、
「母ちゃん、母ちゃん、○○どこにあるの」
などと、いないはずの人を呼んだりしていました。
その日、祐二は突然の雨に打たれながら、学校から帰ってきました。
「うわぁ、びしょぬれだ」
一緒に帰った人たちも、走りながら帰っていきます。
「ただいま」
祐二は、元気な声で言いました。もちろん、応答などあるはずもありません。
祐二はそう言えばまだ、いないんだよなとランドセルにつけた鍵を取り出して中へ入りました。
「えーと、まず、タオル、タオル・・・」
引き出しを開けましたが、タオルが一枚もありません。
「そうだ。全然洗濯してないもんな」
洗濯場に行くと、祐二が脱ぎ捨てた洋服などが、山のようにありました。いくらなんでも、洗濯までご近所様にお願いするわけにはいきません。
「畜生」
つづけて、くしゃみを連発しました。 「しょうがんない。シャワーでもあびてこよう」
その場で、服をぬぎ、すっかり冷たくなった体に熱いシャワーをかけると、なんとなくほかほかした気分になりました。
「ああ、気持ちいいっ」
祐二は、近くにあったカセットを最大のボリュームにしてかけました。これは、祐二がひとりでお風呂に入るとき、怖くないようにと考えついたものです。
といっても、母親達がいなくなってからの事でしたが・・・。
体も十分にあたたまったので、祐二は風呂からあがると、今度は着替えを探しました。
「そういえば、着るものなかったんだ・・・」 祐二は、お父さんの部屋へ行きました。
「これでも、ましか」
というと、お父さんのシャツなどが入っているタンスを開けると、Tシャツを1枚取り出し、とりあえずそれを着ました。
もちろん、お父さんのTシャツですから、大きいに間違いありません。もちろん、祐二の膝下まで、隠れてしまいます。
その場は、それで良かったのですが、明日から着るものではないではすみません。学校へもみっともなくて行くことができません。
仕方がなく、洗濯をする事にしました。
えーっと、これは確か、洗剤を先に入れるんだよな・・・。
祐二は、あたりを見回して、洗剤を探しました。
「ああ、あった」
でも、中身は空っぽでした。
「全く・・・母ちゃんは、いったい何をしてるんだ」
さてと・・・あたりを見回しながら、何を思いついたのか台所用洗剤を持ち出してきました。
「ないより、ましだよな」
と、洗剤の約1本分を洗濯機に入れて、スイッチを入れました。
「へえ、泡立ちいいじゃないか」
というのも、つかの間。シャボン玉になっては、あちらこちら吹きこぼれ始めたのです。
「うわぁ」
今度は、水をたくさん入れるのですが、シャボン玉の数は増えるばかりで、洗面所はあっという間に泡浸しです。
「あーあ、まぁ、いいかっ」
祐二は、楽しそうにそのシャボン玉をこわしながら、あたり一面に広がった泡の水をぞうきんでぬぐいとりはじめました。
キンコーン・・・
あっ、お客さんだ・・・祐二は体中泡だらけのまま、玄関を開けると、そこには郵便屋さんが立っていました。
「速達なんだけど、はんこくれるかな」
「はんこ?」
「お母さんは?」
「まだ、帰ってないよ」
「お父さんは?」
「まだ・・・」
「はんこないなら仕方ないから、ここにサインして」
と、郵便屋さんはいらいらしたように言いました。祐二は、びしょぬれの手をお父さんのTシャツで拭きながら、書こうとしました。
「えっと、僕の名前でいいの」
「ああ」
郵便屋さんは、早く早くと言わんばかりの顔で、紙を指さしていました。というのも、この家に入ったものの、たくさんのシャボン玉が浮いているせいか、大きなくしゃみをしそうだったからです。
でも、祐二が書き終えると、郵便屋さんの緊張が少しほぐれたのか、
「くしゃん、くしゃん、くしゃん」
と、郵便屋さんのとどまるところ知らずのくしゃみが出始めました。
「くしゃん、くしゃん」
郵便屋さんは、赤い顔をして、まだ、くしゃみをしていました。
「大丈夫?」
祐二がびっくりしたように尋ねると、また
「くしゃん、くしゃん」
郵便屋さんは、もうここにはいられないとあわてて出ていきました。
郵便屋さんが帰ってから、また、掃除が始まりました。もう、こうなっては、祐二も半分やけになっていました。
それは、そのはずです。タオルや雑巾が見あたらないので、ついついおとうさんのTシャツやお母さんのシャツを、雑巾変わりとして使っていたのです。
「また、これも、洗濯しなきゃいけないんだよな」
祐二は、いい加減泡だった洗濯物を今度は、風呂場にある洗い桶でその泡を取ろうと頑張りました。でも、いくらやっても、なかなかその泡は落ちません。
段々疲れてきた祐二は、ある事を思いつきました。
桶に水をいっぱいためた祐二は、まず、三枚の洗濯物を入れました。そして、足踏みをはじめたのです。
「ほうら、どうだ」
いくら頑張ってもとれなかった泡は、少しずつ消えてきたのです。
「やっぱりだ。いっぺんにやろうとするから、いけないんだよな」
と、祐二はわかったように言いました。
リーン、リーン・・・
あっ、電話だ。ちょっと待ってと声をかけたのですが、電話が待ってくれるはずもありません。
ようやく、洗濯のすすぎも慣れて軌道にのってきたところですが、とりあえず、水をとめて電話に出ることにしました。
「はい、大内です」
ツー、ツー、ツー。電話はもう切れていました。
「なんだよ」
受話器を置くと、また、電話が鳴り始めました。
「はい、大内ですけど・・・」
「あぁ、祐二、ちゃんとやってる?、明日の飛行機でかえるから、帰りはあさってね」
「うんうん、わかってる」
「それから、おみやげは・・・」
ツーツーツー。国際電話などかけたことがないせいか、電話代がどの位かかるのか、わかっていないようです。殆ど話しをしないうちに、電話は切れました。
ようやく、洗濯のすすぎも終わりに近ずくと、今度は脱水して、乾燥機にいれるだけです。
「よいしょ、よいしょ」
水がポタポタと流れ落ちるその重い洗濯物をようやく乾燥機に入れると、ずでーんとその場にひっくりかえってしまいました。
「いってぇ」
まだシャボン玉の泡が、床にたくさん残っていたのです。
「畜生、しょうがないなぁ、今日は大掃除だ」
乾燥機の中から、雑巾らしきタオルをひっぱり出すと、雑巾がけリレーと言わんばかりの勢いで、床掃除をはじめました。汗が額から流れ落ちてきます。
「なんで、オレがこんなことしなきゃいけないんだ」
祐二は、これでもかこれでもかというくらいに、廊下を行ったり来たりしました。
キンコーン・・・。
「あっ、またお客さんだ。」
「誰?」
玄関の中から声をかけると、
「・・・・・」
なんだかよくわからないかぼそい声が聞こえました。
ドアの穴の中から覗くと、あまりぱっとしない男の人が、立っていました。
祐二は、開けるのもめんどくさかったのか、もう一度、声をかけました。
その男の人は、ゆっくりと言いました。
「私は、食べるものも食べていません。だから買ってほしいものがあるんです・・・」
今度は、何とか聞き取れたものの、祐二は突き返すように
「今、こっちもそれどころじゃないんだ」
と、言いました。
その男の人は、それでも、
「お願いです。千円でいいですから、これを買って下さい」
あまりにもかわいそうな気がして、祐二は財布から千円を抜き取ると、チェーンをはずさずにそのお金を手渡しました。
「ありがとうございます。あなたは命の恩人です」
その男の人は、かわりにタオル一枚を置いていきました。
「へっ、掃除にちょうどいいじゃないか。もっと、早く言ってくれよな」
そのタオルを取り出すと、また、掃除をはじめました。
「へへっ、どうだ。終わったぞ。でも、母ちゃんも、結構忙しいんだな。オレはもうこんなことまっぴらだ」
辺りを見回していると、今度は電話が鳴りはじめました。
・・・何だよ、今日は・・・祐二は休む間もないので、少しいらついていました。
「はい、大内です」
「何やってんだよ。もう、七時半過ぎたぞ。早くご飯食べよう」
郁男からの電話でした。時間を忘れて掃除をしていた祐二は、やっと乾いた乾燥機の中から着るものを取り出すと、あわてて郁男の家に走っていきました。
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「おはよう、おはよう」
学校への行き道、祐二は友達と会いました。
「おい、祐二、おまえんところの親、明日帰ってくるんだよな」
「ああ」
「じゃあ、今日おまえのうち、泊まりに行っていいか」
「えっ?」
「あっ、オレもいい?」
つかさず側にいた友達も仲間の話に入ってきました。
純一と幸太でした。学校での遊び友達です。
「でも・・・」
「いいじゃないか。ちゃんとするから・・・」
「そうだな、よし」
それから三人は、休み時間になる度に、今日の打ち合わせをしていました。あまりこそこそやっているので、クラスメート達も、気持ち悪がった程です。
「それから、、、、」
「ああ」
「これもな、、、、」
「よしよし」
でも、はたから聞こえてくるところどころとぎれたその会話は、とても興味をそそりました。
「じゃあ、これで終わりだ。みんな気をつけて帰れよ。はい、さようなら」
「さようなら」
帰りの学活が終わりました。三人はいちもくさんで、教室を出ていきました。
「じゃあな。あとでな」
「ああ」
三人は学校の門を出て、ばらばらになると、それぞれの家に走って帰っていきました。
祐二は家に着くと、まずどこに寝ようか、ひととおり部屋を見て歩きました。何しろ布団を三枚しかなくてはなりません。祐二の部屋は、祐二のふとんだけでいっぱいです。もちろん、テレビなどもあるはずがありません。
「ああ、ここがいいや」
その部屋は居間でした。ここならテレビもあるし、寝床にはもってこいの場所でした。
キンコーン。誰かがやってきました。
「やあ、来たぞ・・・」
純一と幸太がふたり揃ってやってきました。手には大きな荷物を持っています。
ドサッ・・・。二人は重いその荷物を放り投げるように床に置きました。
「ふぅ、重たい・・・」
純一はファミコン一セットと、着替えでした。
幸太は、漫画の本を三冊とビデオを何本か持っていました。
「じゃあ、買い物へ行くか・・・」
「ああ」
「あっ、ちょっと待ってて。まだ郁男んちに電話してないんだ」
祐二は、そこにあった受話器を手に取ると、郁男の家に電話しました。
「あ、オレ祐二、郁男?」
「うん」
「今日ごはんいらないから、おばさんに言っておいて」
「うん、でも、なんで」
「純一と幸太が来てるんだ」
「オレも行っていい?」
「ああいいけど・・・」
電話が切れてからしばらくすると、祐二の裏の道の向こうから「おーい」と叫びながら走ってくる郁男がいました。
四人揃うと、買い物へ行くことにしました。みんなおこずかいを一、〇〇〇円づつ持参しています。今日の夕食とおやつと明日のパンを買うためでした。
スーパーに入ると、男の子四人で来たせいか、おばさんたちはジロジロ見ていました。
「なんで、見るんだよ」
郁男はそれでも小声で言いました。
「面白いんだろ。連れが・・・」
「まぁいいかっ、別に悪いことしにきたわけじゃないし」
「そうだ。そうだ」
四人はそそくさと買い物を済ませると、なんとなく居心地の悪いスーパーを早く出ることにしました。
外に出ると、こっちだって客なのにと少し腹がたっていました。別にスーパーの定員が悪いわけではないのですが、ここは、私達の社交場よ、と言わんばかりのおばさんたちがあふれかえっていたからです。
祐二の家に着くと、四人はさっき買ったおかしやお弁当を広げました。
「さて、何をしようか」
と、言っても、男の子ばかりエネルギーの溜まっている子たちばかりです。トランプをしようにも、テレビを見るようにも落ち着きがありません。
「ちょっと、公園でも行くか」
もちろん、みんな賛成でした。祐二たちは、サッカーボールを手に取ると裏庭へ走って行きました。
夕方になりました。四人は、かけずりまわったので、汗だくです。
「シャワー浴びよう」
祐二がそう言うと、みんなで脱ぎ始めました。もう、一足早い修学旅行がやってきたようです。
「キャアキャア」
「アハハ」
「よ〜し、これでどうだっ」
「ギャア」
その声は、近所中に響きわたるような甲高い声でした。狭い風呂場に四人で入り、少し暖かいせいか、水のかけっこをしていたのです。
四人は、シャワーを浴びると、急におなかがすいたのか、夕御飯を食べることにしました。
丁度、テレビも子ども向けの漫画が始まったところです。
「アハハ」
テレビを見ながら四人がソファーへ座り、さっき買ったお弁当を出しました。
「あっ、おまえのハンバーグうまそう」
「じゃあ、一口やろうか」
「あ、オレもオレも・・・」
「じゃあ、オレにも何かくれよ」
なんとも、にぎやかな光景です。テレビを見てはご飯を食べ、ご飯を食べては友人達とじゃれっていました。
七時になると、郁男は帰って行きました。でも、半分このまま帰りたくない気持ちでいっぱいでした。
「じゃあな、また、明日」
「ああ、バイッ・・・」
郁男は、立場上どうしても泊まることはできません。ましてや、祐二の親からいろいろ頼まれているのですから・・・。
八時になると、子ども向けのテレビ番組は終わりです。祐二は、映画のビデオをセットいると、居間の電気を消しました。
「すっげ〜映画館みたいだ」
三人は、しばしその迫力に圧倒されながらも、時にはおしゃべりをかわし、それを楽しんでいました。
「腹減ったなぁ」
食べ盛りの純一が言いました。
「そうだ、カップラーメンがある」
「僕も食べたい」
「じゃあ、みんなで食べよう」
祐二は自分の部屋へ行くと、押入の隅に隠してあったカップラーメンを取り出しました。
「すっごい所にあるね。隠してるみたいだ」
「ピンポーン。うちの親は食べるなっていうんだ。栄養ないし、太るぞって」
「でも、うまいには、違いない」
「そうだ、そうだ」
「あっ、オレこれもらっていい?」
「じゃあ、僕はこれ」
そして祐二はまた、あの時と同じように、やかんのかわりになべを取り出しお湯を沸かしました。
「さぁ、三分たってからだぞ」
「うん」
一緒にもらった割り箸をカップのふたの上に置いて重りにしました。
「三分って結構長いんだよな」
幸太が言うと、みんな笑って
「そうそう」
と頷きました。
「そうだ、外で食べよう」
祐二が言うと、熱いカップラーメンをそうっと抱いて三人はベランダへ出ました。
今日は星もいくつか、見えました。月のあかりでそのまわりは、なんとなく暖かさが感じられます。
「いいなぁ、こういうの。毎日でもいいなぁ」
純一がそう言うと、カップラーメンをズルズルすすりながら
「たまにだから、いいんだよ」
と、祐二は言い返しました。
「いつもかもだと、感激しないんだ。海も山も川も・・・みんなそれを忘れてしまうんだ」
「へえ、そうかもな。オレだって海に感激しない。においもわからない。よっぽど、風が強い日じゃないとわからない」
「そうだね。僕もきっとそうかな」
「今日みたいな日も毎日なんていらない。一年にいっぺんでも五年にいっぺんでもいいんだ。だから、楽しめるんだ」
「なんか、今日は修学旅行みたいだな」
「うん」
キラッ・・・
「あっ、流れ星だ」
「本当だ」
みんな、一斉に願い事をつぶやきました。
「なんて、祈ったんだよ」
「オレも一回でいいから、祐二みたいに束縛されない日が欲しいって」
「あるじゃないか、今日って日が・・・」
「あっ、そうだ。あははは・・・」
三人は、残ったカップラーメンの汁をゆっくりと飲み干すと、部屋へ戻って行きました。
「さぁて、歯でも磨いて寝ますか」
もう、十時になろうとしています。明日は学校です。本当なら、みんな九時になれば、早く寝ろとでも言われていることでしょう。
今日は、まだ興奮が体の中に残っていて、みんな寝付けないようでしたが、布団を敷いてしばらくすると、さすがに一日遊んだ疲れもあって、すやすやと眠りにつきました。
朝になりました。みんな、一度ランドセルを取りに家に帰るというので、いつもより、一時間も早く起き、忙しい時間を迎えました。
「おい、トイレ、まだかよう」
「ちょっと、待ってて、もうすぐだから」
「早く着替えて、帰らなきゃ。あっ、パン、パン・・・」
パンを口にほうばりながら、身支度をしている純一・・・まだ、トイレの前でねぼけながら、じっと待っている幸太・・・みんな、昨日の事がまだ夢の中にいるような気分でした。
「じゃあな、またあとで」
「ああ」
二人は、急いで家に戻っていきました。
学校では、三人で顔をあわせると、不思議と昨日のことを思い出したかのような笑いが出ました。
寝る前も、たくさんの事を話しました。友達のこと、家族のこと、嫌なことみんなみんな不思議に話すことができたのです。
三人は、みんなそれぞれに持っていた悩みゃ不満を話すことにより、とても身近になったような気がしていました。つらいのは自分だけじゃない、嫌なのは自分だけじゃない、、、それがわかると、つっかえていた胸の中が少しすっきりしたのです。
同級生っていうこともあって、抱えている悩みや不満はどれも似たりよったりです。誰かがいじめる、親の小言が多い、兄弟と仲が悪い、欲しいものはあるけど買えない、、、勉強についてけないなど、みんな同じように話してしまえば、みんな同じように悩んでいたりして、今まで何で悩んでいたんだろうとなんでもないようなことだったりするのでした。
「今日、親、帰ってくるんだろ」
「ああ。それもまたいいさ」
隣の席の稔は、びっくりしたように、言い返しました。
「なんだよ、おまえ、ホームシックか」
「いや、違うよ。大人になったのさ」
「へえ、大人ってどういう事だい」
「掃除も洗濯もしないで、楽できりゃいいってこと」
「はっ?」
先生が教室に入ってくると、二人は姿勢をただし口を閉じました。
祐二が学校から帰ると、家の方からいいにおいが漂ってきました。
「あっ、帰ってる」
祐二は、早足で家へ入っていきました。
「お帰りっ・・・」
「ああ、お帰りなさい。早かったのね」
時差ボケの疲れを見せることなく、かたずけものをしたり、洗濯をしたりと休む間もなく動き回っています。
お父さんは、さすがに疲れたらしく、自分の部屋で昼寝をしていました。
「疲れたんじゃないの。少し休めばいいのに」
祐二がそう声をかけると、
「えっ?」
お母さんは、驚いた様子で振り向きました。
「帰った日ぐらい、ゆっくりしなよ」
「へえ〜。祐二から、そんな事言われるとは思わなかったな。母さんたちがいなくて、大変だったのかな」
「別に・・・」
祐二は、ちょっと口をとんがらかすと、なんとなくお母さんと話しをするのも、なつかしく感じられました。もちろん、以前のように、うるさいなぁという気持ちは消えていました。なんとなく、くすぐったいような嬉しいようなそんな気持ちでした。
「ああ、祐二、はいおみやげ」
中を開けてみると、それはカラフルな、いかにもハワイらしいTシャツでした。
「ありがと」
照れくさそうにそれを受け取ると、ダダッと二階へ上がっていきました。
「祐二、祐二、夕飯よ。おりてらっしゃい」「はぁい」
祐二は、自分の部屋で漫画の本を読んでいました。いつもなら一度で返事をすることもなかった祐二も、今日は、さすがにてきぱきしています。
「いただきまーす」
元気よく、祐二は言いました。
「どうだったんだ。祐二は」
「それは、こっちの言うことだよ、父ちゃん」
「ああ、楽しかったよ。こんな休日は初めてだ。また、機会があったら、今度は三人で行きたいな。でも、ちょっと暑かったな。父さんは暑いのは苦手だ」
「そうだね。今度は北極でも行く?」
「まさか・・・」
それは、ごく普通の会話でした。でも、しばらくすると、祐二もくせになっているのか、テレビに夢中になり、箸はいっこうに進みません。
「ほら、テレビ消すわよ」
「はぁい」
「肘ついたら、ダメって言ったでしょ」
「はぁい」
「そういえば、いない間ちゃんと勉強したの?テストもあったんでしょ。塾の方はどうだった?」
「ちょっと、もう少しゆっくり言ってよ。いっぺんにしゃべったら、こっちが話せないよ」
「あら、そうね。えーと、何の話しだっけ・・・」
「やだなぁ、もう・・・」
「アハハハハ」
幸せな笑い声でした。
言われてるうちが花だよな・・・祐二はふと思いました。
「そうそう、乾燥機の中にお父さんのとお母さんのシャツがあったけど、何かに使ったの?」
「ああ、あれ?まあね・・・」
祐二は照れ隠しに笑ってみせました。
終わり